バトンプロジェクト:二坪の眼-掲示板

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2017:「わら工房・二坪の手」を併設

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バトンすべきものは何?

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[494] 複眼に聞く aoki@dwks 2019/06/08(土) 23:32:42
[495] 石ころ aoki@dwks 2019/06/11(火) 00:30:37
[496] なごり aoki@dwks 2019/06/12(水) 15:07:06
[497] 眠り人 aoki@dwks 2019/06/12(水) 22:52:11
[500] とびら aoki@dwks 2019/06/18(火) 01:30:30
[503] まどろみ aoki@dwks 2019/07/04(木) 08:44:06
[506] 錯覚 aoki@dwks 2019/07/12(金) 12:29:15
[507] 世間の枠 aoki@dwks 2019/07/22(月) 11:44:10
[508] 浮雲 aoki@dwks 2019/07/24(水) 14:42:51
[509] 輪転写 aoki@dwks 2019/08/06(火) 08:10:38

[494] 複眼に聞く  aoki@dwks  - 2019/06/08(土) 23:32:42 -

真夜中の公園に来ています。外灯の下、ベンチに座っています。 真夜中の公園は、ベンチに座ると外灯が灯るようです。外灯はベンチを照らしているのではなく、人を照らしているようです。自動点灯のスポット照明ですね。それはあたかもパーソナルスペースを明示しているようでもあります。 そんな灯りが、真夜中の公園には点在しています。そこに人影は見えません。きっと光に包まれているのでしょう。いくつかの灯りが消え、いくつかの灯りが点く。ベンチに座る人、ベンチを立ち去る人。そんな光景が遠く彼方にまで繰り広げられています。 風に吹かれる木の葉の囁き。大きく深呼吸をします。風が薫ります。これが真夜中の公園の匂い。 突然、ベンチの端に灯りが点る。 「座ってもよろしいですか?」 「どうぞ。」 「ありがとうございます。」 声はすれども姿は見えない。 「そろそろこの公園を立ち去ろうと思っていたところでした。」 「わたしは今来たばかりです。」 「そのようですね。あなたの点灯が見えました。」 「ご関心いただきありがとうございます。」 「他の灯りとは少し色合いが違っていますね。」 「色、ですか...」 「自分で自分の色は判りません。」 「わたしには他の灯りも皆同じように見えます。」 「いずれ、特異な灯りを見つけることになるかもしれません。私があなたを見つけたように。」 「すると、あなたはわたしに会うためにここに来たのですか?」 「そうですね。そうかもしれません。ここを立ち去る前に。」 「わたしの色は他の色とどのように違うのですか?」 「それは説明の難しい質問ですね....。」 「でも、あなたはわたしの色を選んでここに座ったんですよね。」 「そうです。たぶん、そうです。」 「あなたがわたしの色を選んだ理由が聞きたいです。」 「選ぶべくして選ばされた。とも言えます。」 「選ばされた....?」 「そう、私はこの公園を立ち去ろうとしていました。そこへあなたが現れて、私は足を留めた。この衝動の私を私は説明することができません。」 「確かに難しい話になって来ましたね。」 「あなたが私を選んだ、とも言えます。」 「わたしがあなたを引き留めた、と?」 「そうです。そのための色を、あなたが放ったと。」 「わたしにはわたしの色が判らないのですよね。だとすれば、わたしがわたしの色をコントロールすることもできないのではありませんか?」 「その通りです。それは私も同じことです。私はあなたを選ぶことをコントロールすることはできません。」 「それではわたしたちの意志というものは、わたしたちにとってどういう意味があのでしょう?」 「幻想のようなものかもしれません。」 「意志が幻想だとすると、生きている根拠が持ち辛くなりませんか?」 「そもそも意志というものが、私たちの中でどのように成り立っているのか。それは社会との関わりの中で築かれていくものでしょう。」 「社会を生きるために自分の意志が必要だからなんじゃないですか?」 「社会そのものが幻想だとしたら、そこに成り立つ意志も幻想に過ぎません。」 「社会が幻想だなんて、受け入れがたいことなんじゃないですか?」 「ふむ。幻想とはなにか。」 「現実ではないこと。ですよね。」 「はい。現実と幻想。このふたつは、実は同じものじゃないか、ということです。」 「言葉のマジックですか?」 「マジック。....そうかもしれませんね。マジックです。マジックは理解しがたい不思議な現実ですよね。少なくとも、私たちはそれを驚きと困惑の中で許容するセンスを持ち合わせています。それは救いでしょう。」 「救い....ですか?」 「そう、救いです。あなたが私を受け入れたように。あなたは何の抵抗も無く、私をベンチに座らせてくれました。」 「驚きも困惑もありませんでしたけどね....」 「すばらしいことです。」 「あなたがここに居ることは現実なんじゃないですか?」 「色は混ざり合っているんですよね。そして、ここの公園にはすべての色がある。でも、すべての色が見えるわけではない。」 「わたしにはあなたの灯りが見えました。声も聞こえました。」 「それは、私のすべての灯りではないかもしれませんし、私の声もすべての声ではないかもしれません。」 「だとすれば、わたしに関してもあなたにとってすべてのわたしではない、ということですか?」 「たぶん、そうだろうと思います。」 「そうであったとしても、今、わたしが知覚できていることが現実なのではありませんか?たとえあなたがマジックで存在していたとしても。」 「その知覚センサーには、ある種の機能制限がなされている、という現実と、感知できない現象も確かに存在している、という現実。ただしそれは、幻想という名の下でしか察知できないものです。いわゆる、五感がすべてでは無いという現実の背景に幻想という非現実なるものが横たわっているんですよね。」 「幻想という非現実を現実の中に取り込んでしまうとややこしくなりませんか?」 「局面によっては整合性を保ちきれず論理的破綻が生じる場合もあるでしょう。察知力にバラツキがあるのが社会です。」 「破綻だらけのように思うこともあります。」 「局所的にはそのように映ることが多いでしょうね。五感という制約の中での整合性を規約の中で保とうとしているのが社会ですから。」 「五感に基準を置くことは、社会を構成することにおいてすごく自然なことだと思いますよ。」 「五感が数値化されていく、ということですよね。それは計測器と計算機の中に閉じ込められていく、ということだと思います。」 「つまり、計測器では計測不能な世界、計算機では計算不能な世界が存在する。ということですね。」 「そうですね。ただ私たちは、それを察知する力を備えています。それでも、それを工夫して表現する力は未熟なのです。私たちが自分のすべての色を把握しきれないように。」 「自分を表現したい、という欲求はあるんですよね。誰しもに。ただ、それが何故生じるのか?まではわからない。それが欲求というものだろう、としか....」 「それを精神活動というのではないかしら。私たちは社会の中では満たされていないからです。そして社会は精神活動をも含めて社会として成り立っている。」 「満たされない....危うい社会ですね。」 「社会は精神活動を計測することができないからです。しばしばそれは権威に置き換えられます。それが社会のマジックであり、幻想でもあるのです。」 「精神活動において満たされる、ということはあるのでしょうか?」 「欲求の持ち方次第だろうと思います。」 「社会に対する欲求ですか?」 「社会は常に一時的なものに過ぎません。常に振動しています。とても不安定な世界です。だからこそ欲求も生まれるのでしょうが、その矛先は自身の存在に向けられるべきです。」 「わたしの存在に....ですか?」 「たとえばあなたは、私の話を聞いてくれました。私はあなたに私を話すことができました。それが私にとってのあなたの存在です。あなたの灯りは照り返しなのかもしれませんね。あなたには聞く力があります。」 「....。」 「私はここを立ち去ります。あなたに会えてよかった。ありがとう。」

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[495] 石ころ  aoki@dwks  - 2019/06/11(火) 00:30:37 -

ひとつの灯りが立ち去った。 真夜中の公園は相変わらずベンチが点滅している。いくつかの灯りが消え、いくつかの灯りが点く。ベンチに座る人、ベンチを立ち去る人。そんな光景が遠く彼方にまで繰り広げられています。わたしのベンチもまた、彼方からは点滅するベンチのひとつとして映るのでしょう。 立ち去った灯りが座っていたベンチの端を見ると、暗がりの中に小さな塊がある。手に取ってみると、石ころだった。 いつからあるのだろう....。 公園の石がベンチの上に置かれている。 いや、公園の石とは限らないのかもしれない。 あの灯りの忘れものだろうか...。 それは今、わたしの掌にある。 石ころは、片手で握ると手の中に隠れてしまうほどの大きさだ。表面はなめらかで丸みを帯びている。最初はひんやりと冷たさがあったが、握っているうちに温もりが出てきた。 わたしの体温が移っていったのだろう。不思議なものだ。冷たい石がわたしとの接触で温もりを帯びてくる。 わたしは冷たくはならない。 わたしはわたしの中で発熱している。 一定の温度を保つように発熱している。 石ころは発熱しない。 周りの熱を吸収する。 周りが冷たければ石ころも冷たくなる。 周りが熱ければ石ころも熱くなる。 石ころは一定の硬さを保っている。 周りと衝突すれば、 周りが柔らかければ周りが崩れる。 周りが硬ければ石ころが崩れる。 石ころは自ら動くことはできない。 置かれる環境からの影響で石ころは姿を変えて来たのだろう。 岩が砕けて石ころになっていく。 水に流されて丸みを帯びていく。 削られた粒は砂になっていく。 はて、はじめの大きな岩はどのようにして作られるものなのか....。 そんな繰り返しが石ころにはあったのだろう。 わたしは石ころの過去を知らない。 ただ、今は石ころがわたしの掌に収まっている。 開いては握り、握っては開く。 わたしはそうやって石ころの感触を確かめている。 わたしの石ころよ。 自分では動くこともできず、周りからの影響を受けながら姿を変えてきた。 すべてを受け入れ、すべてを受け止めてきた。 今在る石ころは、わたしの手の中に。 さて、どうしたものか。 何も語らず、ただ在る石ころ。 石ころは美しい。 ただ在る、それだけで美しい。 わたしには石ころをつくることはできない。 唯一無二の石ころだ。 わたしは石ころが在ることに感謝する。 ありがとう。

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[496] なごり  aoki@dwks  - 2019/06/12(水) 15:07:06 -

公園の木々がざわめいた。 突風が吹いた。 掌の石ころが風にさらわれた。 一瞬のことだった。 石ころの感触は手の中に残っている。 温もりとともに。 真夜中の公園は相変わらずベンチが点滅している。いくつかの灯りが消え、いくつかの灯りが点く。ベンチに座る人、ベンチを立ち去る人。そんな光景が遠く彼方にまで繰り広げられています。わたしのベンチもまた、彼方からは点滅するベンチのひとつとして映るのでしょう。 ひとつの石ころが、わたしの中をすり抜けていった。 手の中に温もりを残したまま、掌には石ころが無い。有るものが無い。それは錯覚なのか... そして、喪失感。 石ころは、やっぱり無いんだよ。 風景は流れていく。 残像と余韻が交錯する。 こんにちは。と、さようなら。 こんにちは。と、さようなら。

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[497] 眠り人  aoki@dwks  - 2019/06/12(水) 22:52:11 -

いくつかの出合いがあり、いくつかの別れがある。 繰り返される出会いと別れ。 この公園もまた、そんな舞台のひとつなのだろう。 真夜中の公園は相変わらずベンチが点滅している。いくつかの灯りが消え、いくつかの灯りが点く。ベンチに座る人、ベンチを立ち去る人。そんな光景が遠く彼方にまで繰り広げられています。わたしのベンチもまた、彼方からは点滅するベンチのひとつとして映るのでしょう。 出会いと別れは時系列に展開される。 出会いと別れは同時進行する。 時に交錯し絡み合う。 すべては流れのままに。 流れに逆らうことなく、身を任せるのがよろしい。 わたしには覚えがある。 眠りから目醒める時、 まどろみの中で、 夢の残像を楽しめることを。 そこは時間も空間も言葉さえも常軌を逸している。 夢だから、と捨て置けない一面もある。 まどろみの半覚半眠の中で、わたしは夢を夢と知覚し、コントロールする術も覚えた。 ただ、すべてを始めることはできないようだ。 始まったら、乗っかる。 そんなチャンスを期待しながら眠りを迎える。 まずは、すっかり眠ることが大切だろう。 身体を預けることだ。 あとは眠りがすべてを引き受けてくれる。 始めるのは誰? わたしであって、わたしではない。 わたしはそのように構成されているようだ。 わたしの眠り人はわたし以上にわたしを知っているのかもしれない。 始めるのはそんな眠り人です。 それは、眠り人からのメッセージなのかもしれない。 眠りはとてもデリケートだ。 瞼を閉じたまま、瞼の裏側に現れる光景を静かに待つ。 その舞台は神聖なる深淵と呼べるものかもしれない。 わたしの意識がわたしの無意識と対話する。

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[500] とびら  aoki@dwks  - 2019/06/18(火) 01:30:30 -

わたしはベンチに身体を横たえた。 そっと目を閉じる。 真夜中の公園は、静かです。 風の音が耳をかすめていく。 わたしは眠りを迎え入れた。 意識は眠りと公園を往復する。 その振幅によって扉が開く。 此処は何処だ? どこでもないどこか。 おまえは誰だ? だれでもないだれか。 闇の中に浮かぶ光と影。 次第に輪郭が顕となる。 それはあたかも赤外線写真の像。 可視光線にない線が浮かび上がる。 見えていたものが姿を消す。 見えなかったものが輪郭する。 いくつものレイヤーが重なっている。 レイヤーの構造は不可解だ。 映像の意味付けが追いつかない。 拾い集める言の葉は、 彼方のものか、 此方のものか。 当てはめる言葉がない。 その言葉はきっとまだ、 此方では生まれていないのだろう。 生まれる前の言葉は、 闇が飲み込んでいく。 わたしはじっと、脳裏に眼を凝らした。 静かの中で、全身に脈打つ鼓動を聞く。 血潮のざわめきか。 指先、足先までじりじりと熱い。 意識だけが脳裡の映像へとズームされる。 脳裡の映像は、記憶の範疇を超えている。 わたし以外の誰かの記憶? わたしが身を置いたことのない光景。 これはリアルなのか。 わたしは、自分が眠りの中に居ることを自覚している。 わたしはわたしの意思で、この眠りを破ることもできる。 あるいは、奇妙な眠りの展開を、 そのまま受け入れることができることも知っている。 むしろ、わたしにはこれが愉しい。 この楽しみを奪われたくない。 寸断させたくない。 どこまでも続く、その果てを見てみたい。 わたしは念じてみる。 右へ動け、と。 左へ動け、と。 脳裡の映像は、念じたままに動く。 この映像は、わたしが作り出しているものなのか? わたし自身の意識下にある映像なのか? わたしがわたしの意識を見ている? わたしがわたしの意識に見られている? と思いきや、意識が翔んだ。

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[503] まどろみ  aoki@dwks  - 2019/07/04(木) 08:44:06 -

身体の細胞が少しづつ意識と結びついていく。 瞳は瞼の中で目覚めをぼんやりと自覚する。 肩から腕へ指先へとジンジンと熱い。 どれだけ眠っただろうか? まだ、半分は眠っている。 しばらくは、眠気に身を任せておこう。 すっかり目覚めるまで。 わたしは眠っていた。 今、目覚めようとしている。 このまどろみの中で。 眠り人が展開するおぼろげな残像。 脈絡のないスライドショー。 雑踏の中で絡み合うノイズ。 その奇妙な展開が不思議と心地よい。 現実ではない、夢の中での出来事。 という安心感。 この展開の先に、きっとまだ何かがある。 という期待感。 わたしは「眠り」の中のわたしを知らない。 その「眠り」はわたしの中にある。 わたしは眠りの中へ落ちていった。 わたしの中の眠りに落ちるわたし。 わたしの中の眠りに落ちたわたし。 わたしが知り得ないわたしをわたしが内包している。 不思議な構造だ。 わたしはわたしをわたしの中に探している。 でも、やっぱり探しきれない。 いつものことだ。 期待は叶わず、目覚めを迎える。 一瞬のこと。 ぼんやりのすべてがかき消される。 いつでもそうだ。 奇妙な展開が織りなす幻影は、 持ち帰ろうとするも、 決して記憶には残らない。 いつでもそうだ。 幻影は実在する。 わたしはそう思っている。 ただ、五感では感知できない。 脳は眠らない。 わたしは一人きりの時間が欲しい。 それを満たしてくれるのは「眠り」だけ。 わたしがわたしと対峙する時間。 わたしはそんなわたしを生きている。 眠りは繰り返される。 わたしの手の届かないところで。 五感の記憶を重ねながら。 わたしは、真夜中の公園のベンチに横たわっている。 真夜中の公園は相変わらずベンチが点滅している。いくつかの灯りが消え、いくつかの灯りが点く。ベンチに座る人、ベンチを立ち去る人。そんな光景が遠く彼方にまで繰り広げられています。わたしのベンチもまた、彼方からは点滅するベンチのひとつとして映るのでしょう。

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[506] 錯覚  aoki@dwks  - 2019/07/12(金) 12:29:15 -

わたしにはわたしを確かめる術が無い。 これは不文律か。 わたしがわたしだと思っているわたしは、 全きわたしではない。 わたしがわたしを知れずして、 わたしはわたしを伝えることができるだろうか? わたしの中に錯覚が生まれている....? 決して掴まえることができない錯覚。 錯覚は、わたしが及ばないところで、 わたしに影響を及ぼしている。 好き、とか嫌い....とか。 わたしの感情。 感情がわたしを突き動かす。 おまえは誰だ? わたしに問いたい。 錯覚はいつも断片的。 浮かんでは消え、 消えては浮かぶ。 神出鬼行。 錯覚の断片は振動する。 時のカケラが共振する。 錯覚は増幅される。 わたしは錯覚の波に飲み込まれる。 だから、好きなの。 だから、嫌いなの。 わたしの好き嫌いに因果は見えない。 錯覚に飲み込まれたわたしの感情。 それがわたしとして存在する。 わたしはわたしの感情を引き受ける。 感情の粒子。 掌に乗せて眺めてみたい。 見えるのか? 平面に奥行きのある空間を描く。 一本の線を配置する。 空間が歪む。 見る側の錯覚と混乱。 立体に光を当てる。 平面に投影される影。 別の立体が出現する。 空間の組み合わせ。 どこまでが現実で、 どこからが錯覚なのか。 果たして境界があるのか。 二次元から見た三次元。 三次元から見た四次元五次元。 見えるのか? 影から想像してみる。 断層から想像してみる。 錯覚のイマジネーション! 具現化はどこまでも三次元。 囚われの身。 制約の身。 わたしの影。 断片なるわたし。 真夜中の公園は相変わらずベンチが点滅している。いくつかの灯りが消え、いくつかの灯りが点く。ベンチに座る人、ベンチを立ち去る人。そんな光景が遠く彼方にまで繰り広げられています。わたしのベンチもまた、彼方からは点滅するベンチのひとつとして映るのでしょう。

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[507] 世間の枠  aoki@dwks  - 2019/07/22(月) 11:44:10 -

一瞬、強い香りが鼻を突いた。 それは、人工的な香り。 きっと、人が肌に付けるものだろう。 しかし、度が過ぎては嫌味だな。 息苦しい。 わたしはベンチに横たえた身体を起こした。 ほどなく強い香りは風に流されていった。人が通り過ぎて行ったのだろうか....。 両足を地面に下ろすと、コツンと何かにあたった。 屈んで覗いて見ると、木製の枠だった。 右手に拾い上げてみる。 A4サイズのコピー用紙ほどの大きさだろうか。 細身の角材をビス止めした簡単な造り。 市販のものではない。 自作枠。まだ新しい。 一辺に何か書いてある。肉筆だ。 「世間の枠」。 はて....? 足下に転がっていた世間の枠。 いつから有ったのだろう? それが今、わたしの手に有る。 枠の中に自分の顔を埋めてみたり....。 腕を伸ばして遠くの景色を枠の中にはめ込んでみたり....。 世間の枠の視角を眺めてみる。 枠までの距離や傾きによって 枠の中の納まりが異なってくる。 当たり前か。 枠の中が変様すれば、 枠の外も変様する。 当たり前か。 枠の中と外は繋がっているのだから。 それを敢えて枠で仕切るのが 「世間の枠」ということか。 公園を立ち去った「あの御人」も世間。 枠を替えれば「わたし」も世間。 わたしの含まれない世間と わたしが含まれる世間。 枠の向こう側と、 枠のこちら側。 一本の線。 その区切りですべてが様変わりする。 枠、という境界。 世間との折り合いの線。 一本の枠を加える時。 世間の枠は自分の中に生まれる。 真夜中の公園は相変わらずベンチが点滅している。いくつかの灯りが消え、いくつかの灯りが点く。ベンチに座る人、ベンチを立ち去る人。そんな光景が遠く彼方にまで繰り広げられています。わたしのベンチもまた、彼方からは点滅するベンチのひとつとして映るのでしょう。

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[508] 浮雲  aoki@dwks  - 2019/07/24(水) 14:42:51 -

その枠、私のなんです。さっき、落としちゃったみたいで....ごめんなさい。 ーーこの香り。あの強い香りだ。 あ、はい。ここに落ちていましたよ。 ありがとうございます。見つかって良かったです。 大切なものなんですね。 いえ、あの....。ブサイクな枠なんですけど、自分で作ったんです。また作ればいいだけのことなんですが、この大きさが気に入っているんです。 ふむ。 縦横比が4対3なんです。 ふむ。 ほぼA4サイズなんですが、比率は4対3にしてあります。デジカメの画面サイズなんです。 なるほど。 ーー元気な人だなぁ。 あ、私、写真、撮ってるんです。この木枠で風景を切り取って、木枠ごと撮るんです。そしたら、4対3の中に4対3ができるでしょ。 ふむ。 それがおもしろいんです。 世間の枠、と言う木枠ですか? 私が考えたネーミングです。これがおもしろいんです。デジカメの4対3は私の枠で、その中の木枠の4対3が世間の枠、なんです。私と風景の間に世間の枠が入り込む。ね、おもしろいでしょ。 ほぉ....。 ときどき、思うんです。写真を撮っていて、私は自分の枠を撮っているのか?世間の枠を撮っているのか?って。私の枠はいつも4対3なのに、世間の枠は置き方次第で4対3じゃなくなるんですよ。 ふむ。 左手で世間の枠を構えて、右手にデジカメを持って撮るんです。こんな感じ。ね。 器用ですね。 熟れました。木枠の置き方で写真が変わるんです。それがおもしろいんです。 ーーやっぱりこの香りだ。 バシャバシャ撮るからたいへん。写真の整理がたいへんなんです。 おもしろい写真がたくさん撮れるといいですね。 ありがとうございます。おもしろい写真はSNSに投稿しています。えっと....こんな感じになってます。 ーーほとんど空だった。空の中に木枠が写っている。木枠を持つ左手も。 空、ですか? 雲です。 なるほど。 同じ雲って、ないでしょ。雲はいつも違うんです。写真から思いつきが広がることも多いんです。だから、写真が好き。

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[509] 輪転写  aoki@dwks  - 2019/08/06(火) 08:10:38 -

雲の写真を撮っている人。世間の枠と自分の枠を重ねて写真を撮ると言う。楽しそうに語った。意欲が伝わってきた。 わたしは、その勢いに圧された。 思えば、あの御人。 公園を立ち去った、あの御人も。 自分を語るためにわたしを見つけたようなことを言っていた。 ひとしきり、自分を確かめるように語ると公園を立ち去った。 わたしは、ただ聞いていた。 公園を立ち去った御人と雲を撮る人。 二人に互いの接点は無い。 それぞれのふたつの色が、 わたしの中で混ざり合う。 わたしもふたつの色にそれぞれに混じっていく。 公園を立ち去った御人に混ざったわたし。 雲を撮る人に混ざったわたし。 そんなわたしは、わたしの手の届かぬところへ。 それはもう、果たしてわたしなのだろうか。 きっと、誰しもが、世間の枠の中では、「私」の手の届かない「私」が「私」として存在しているのだろう。 「私」のスピンアウト。 「私」の幻想が独り歩きする。 独り歩きする「私の幻想」は現実。 雲を撮る人は、左手の世間の枠の中に自分自身も含まれていることに気付いていたのだろうか。「自分の枠」を重ねながら.... どこへ向かっているのだろう。 真夜中の公園は相変わらずベンチが点滅している。いくつかの灯りが消え、いくつかの灯りが点く。ベンチに座る人、ベンチを立ち去る人。そんな光景が遠く彼方にまで繰り広げられています。わたしのベンチもまた、彼方からは点滅するベンチのひとつとして映るのでしょう。

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