バトンプロジェクト:二坪の眼-掲示板

-思考実験工房-
主催:DWKS (バトンすべきものは何?)

▼Topics

●ノコギリアン・ガッカイ 2023
『ノコギリヤネ・コウゲンガク』
https://36way.net/nag/nag2023.htm
会期:2023.12.21 - 2024.2.29
会場:ノコギリアン・コウバ
主催:ノコギリアン・コウバ、二坪の眼
展示:Koubas_Only(Natty & Colin)
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・ノコギリアン文庫
断章“ノコギリヤネのある風景”

【考察】:ノコギリアン文庫『断章“ノコギリヤネのある風景”』

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Cafe-talk by Wataridori


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[1370] 【考察】:ノコギリアン文庫『断章“ノコギリヤネのある風景”』 aoki@dwks 2023/11/20(月) 22:20:18

[1377] 日常の図 aoki@dwks 2023/11/27(月) 09:01:19
[1378] 記憶想起 aoki@dwks 2023/11/28(火) 09:54:13
[1379] 断章をつなぐ「番外編」 aoki@dwks 2023/11/29(水) 09:36:26
[1380] ノコギリヤネ・トライアングル aoki@dwks 2023/11/30(木) 23:22:36
[1381] 知覚できないもの aoki@dwks 2023/12/07(木) 12:25:51
[1384] 概念としての“からっぽ” aoki@dwks 2023/12/10(日) 23:52:55
[1385] オワリの大きな“からっぽ”・一宮(その5) aoki@dwks 2023/12/11(月) 12:59:38
[1386] 「のこぎり二」で開かれた二つの祝祭(番外編) aoki@dwks 2023/12/12(火) 12:28:28
[1387] 8.5 真夏の夜の“キョウエン”(番外編) aoki@dwks 2023/12/13(水) 09:34:15 [添付]
[1388] 「ノコギリヤネ 100 年マップ」 aoki@dwks 2023/12/13(水) 12:29:18 [添付]
[1382] 縁起装置 aoki@dwks 2023/12/09(土) 12:47:49

[1377] 日常の図  aoki@dwks  - 2023/11/27(月) 09:01:19 -

【考察】:ノコギリアン文庫『断章“ノコギリヤネのある風景”』 ▼http://div.36way.net/bbs/brd.cgi?cmd=ntr;tree=1370;id=ad138 ---- ノコギリアン文庫『断章“ノコギリヤネのある風景”』 (2019.12.30から連載中) https://div.36way.net/ad138/nitsubonome/nokogirian/nokoyane.htm 著者:ノコギリアン(今枝忠彦) https://div.36way.net/ad138/nitsubonome/nokogirian/prof.htm ---- Re:https://div.36way.net/bbs/brd.cgi?cmd=one;no=1376;id=ad138 日常の図 ・「のこぎり二」で開かれた二つの祝祭 https://div.36way.net/ad138/nitsubonome/nokogirian/lib/20220921_noko_bangai.pdf > 初日の9月3日、夕刻に始まった二人のアーティストによるサウンドパフォーマンスは、「のこぎり二」に「新たな日常」の始まりを予感させるイベントとなった。 > その時、起きたことは、そこでしかあり得ないことだった。「のこぎり二」だから起きたことだった。 > それは「ウツホ」から音を発するもの。ソトからの力ではなく、ウチから生まれる日常の力。 > 小さなコミュニティが世界につながる日常。「ウツホ」の「のこぎり二」は、迷い人の未来を変える力を持つ。 「ウツホ」が持つ可能性への期待を大きく抱くノコやん。それは「ウツホ」と「対話」できた者だけに響く可能性のように思う。それが“ウチから生まれる日常の力”。 ただ、「力」にもいろいろなチカラがある。「ウツホ」はその「チカラ」を選ばない。「チカラ」の掛け違いによっては「ウツホ」を埋め尽くしてしまうことにもなるだろう。右脳と左脳とて、掛け違いは起きているのが日常だ。日常には多くのノイズが紛れ込んでいる。耳障りの良いノイズも多い。「ウツホ」が「ウツホ」で失くなった時、「ウツホ」の可能性は喪われていく。 「ウツホ」は埋め尽くされていくのが社会(時代)の潮流か。木曽八龍が地下に潜ったように。 ・木曽川という“ギフト” https://div.36way.net/ad138/nitsubonome/nokogirian/lib/20210303_noko-fukei-7.pdf 可能性を持った「ウツホ」は地下に潜るしかないのかもしれない。可能性という「チカラ」を分かち合える“場”として。それが、Rabbit Hole。(https://www.instagram.com/p/CzmpjK8vr3a/) それには、ウサギに誘われる必要があるのかな? 選ばれし人たち。それもまた「迷い人」なのだろう。 それは日常にあって不意に訪れるもの。

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[1378] 記憶想起  aoki@dwks  - 2023/11/28(火) 09:54:13 -

【考察】:ノコギリアン文庫『断章“ノコギリヤネのある風景”』 ▼http://div.36way.net/bbs/brd.cgi?cmd=ntr;tree=1370;id=ad138 ---- ノコギリアン文庫『断章“ノコギリヤネのある風景”』 (2019.12.30から連載中) https://div.36way.net/ad138/nitsubonome/nokogirian/nokoyane.htm 著者:ノコギリアン(今枝忠彦) https://div.36way.net/ad138/nitsubonome/nokogirian/prof.htm ---- Re:https://div.36way.net/bbs/brd.cgi?cmd=one;no=1377;id=ad138 記憶想起 ノコやんは、都市計画的観点・建築的観点から「ノコギリヤネ」の存在をを捉えていますが、私は「ノコギリヤネ」に対する「人の反応」に関心があります。もちろん、ノコやんも“「ノコギリヤネ」に対する「人の反応」”に言及していますし、ノコやん自身も「反応した」ひとりであることが出発点となっています。 「ノコギリヤネ」への反応は世代によっても異なってくるものなのでしょう。年配層には懐かしさを含めた自身が生きた歴史と重なるものがあるのかもしれません。若者層にはどこか新鮮な異空間に映るものなのかもしれません。いずれにしろ、「人が反応する」なにかを持ち合わせている特異性が「ノコギリヤネ」にはあるんだろうな、と思います。 そこで「人の反応」に着目してみたいですね。 「ノコギリヤネ」との「対話」は、自分自身との「対話」ではないか、と。そんな「対話」ができる人、できない人。いろいろあるだろうと思います。ノコやんはそれを「縁起」と呼んでいるのかな。 縁の組合せは無数にあるものなので、皆が一様に「ノコギリヤネ」に反応するものではないでしょう。ただソコで、「反応」として自身との「対話」ができた人には、自身の裡に眠っていた無意識な感覚を呼び覚まされることになるんだろうと思います。 こうした「反応」が「縁起」する対象物は「ノコギリヤネ」だけとは限らないでしょう。人によってその対象物は変わる。大切なのは。「自身の裡に眠っていた無意識な感覚を呼び覚まされる」自覚にあるんじゃないだろうか。それを「自分の行き先が変わる」、とノコやんは表現している。 「迷い人」が不意に遭遇した対象物によって「縁起」が発生し、自身の行き先が変わる。そんな機会が「まち」のいたるとろに「扉」として存在する「まち」。ノコやんは、そんな「まち」を描いているのかもれない。 それは日常にあって不意に訪れるもの。 記憶想起。 今日も自身の右脳と左脳が対話している。

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[1379] 断章をつなぐ「番外編」  aoki@dwks  - 2023/11/29(水) 09:36:26 -

【考察】:ノコギリアン文庫『断章“ノコギリヤネのある風景”』 ▼http://div.36way.net/bbs/brd.cgi?cmd=ntr;tree=1370;id=ad138 ---- ノコギリアン文庫『断章“ノコギリヤネのある風景”』 (2019.12.30から連載中) https://div.36way.net/ad138/nitsubonome/nokogirian/nokoyane.htm 著者:ノコギリアン(今枝忠彦) https://div.36way.net/ad138/nitsubonome/nokogirian/prof.htm ---- Re:https://div.36way.net/bbs/brd.cgi?cmd=one;no=1378;id=ad138 断章をつなぐ「番外編」 『断章“ノコギリヤネのある風景”』は、1話完結の断章形式で構成されれている。公開時系列に読み進めてもよいし、関心を引くタイトルなどからランダムに拾い読みしてもよい。あるいは、読み進める「順」によって見えてくるものや手応えなどが変わってくるかもしれない。 一宮のノコギリヤネを俯瞰しながらノコやんの目に映る“風景”が描かれていく中で、「番外編」と位置づけられた章がいくつかある。 ・エキノコ綺譚:ネコの眼・ノコの眼(「ノコギリヤネのある風景・その 10」番外編) https://div.36way.net/ad138/nitsubonome/nokogirian/lib/20211215_ekinokokitan.pdf ・寓話「ノコギリヤネのつくる星座のまち」 https://div.36way.net/ad138/nitsubonome/nokogirian/lib/20220707_noko_bangai.pdf ・「のこぎり二」で開かれた二つの祝祭 https://div.36way.net/ad138/nitsubonome/nokogirian/lib/20220921_noko_bangai.pdf ・8.5 真夏の夜の“キョウエン” https://div.36way.net/ad138/nitsubonome/nokogirian/lib/20230823_noko-fukei-15_bangai.pdf いずれも、ノコやんが実際に立ち会った「アート作品の鑑賞」を題材にしている。 ノコやんの鑑賞の視点。 ノコギリヤネの「ウチ」で展示された作品とあって、ノコギリヤネを背景情報とした視点(観点)にもなっている。それは自身との対話の展開として描かれている。逆に言えば、自身との対話へトリガーするものが「アート作品」でもある、と。そんな対象物が日常の“風景”としてあることが「まち」に必要な要素のひとつでもある、と。 ノコギリヤネそのものがアート作品(名もない大工の建築)なのかもしれない。 ・4. 名もなきモダニズム建築 https://div.36way.net/ad138/nitsubonome/nokogirian/lib/20221203_noko-fukei-13.pdf

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[1380] ノコギリヤネ・トライアングル  aoki@dwks  - 2023/11/30(木) 23:22:36 -

【考察】:ノコギリアン文庫『断章“ノコギリヤネのある風景”』 ▼http://div.36way.net/bbs/brd.cgi?cmd=ntr;tree=1370;id=ad138 ---- ノコギリアン文庫『断章“ノコギリヤネのある風景”』 (2019.12.30から連載中) https://div.36way.net/ad138/nitsubonome/nokogirian/nokoyane.htm 著者:ノコギリアン(今枝忠彦) https://div.36way.net/ad138/nitsubonome/nokogirian/prof.htm ---- Re:https://div.36way.net/bbs/brd.cgi?cmd=one;no=1379;id=ad138 ノコギリヤネ・トライアングル ・ノコギリヤネ・トライアングル https://div.36way.net/ad138/nitsubonome/nokogirian/lib/20220406_noko-fukei-11.pdf > のこぎり二のある篭屋を起点に、起、玉ノ井地区を結ぶ「ノコギリヤネ・トライアングル」が浮かび上がる。 > 三つのノコギリヤネの間に生まれた「共同的な関係」に注目 > のこぎり二には、多くの生命体が交錯する。その出会いによって未来の変わる縁起空間である。そして、「からっぽ(ウツホ)」であるノコギリヤネは、個々の生命体の「身体」として、創造的活動を導いていくのではないだろうか。 ノコやんは、「三点」を結ぶ考察がお好みと見える。その上で「のこぎり二」の息使いに身を置いている。 互いになんの関係性もない「三点」に着目し、結んで見る。ノコやんはこれを「星図」と呼んでいる。これは、ものの捉え方ひとつで見え方(在り方)が変わってくる、という提案でもあるのだろう。 あなたなら、「まちの三点」をどのように結びますか? ソコに見えてくる「星図」に「まちの未来」が描かれる? ・寓話「ノコギリヤネのつくる星座のまち」 https://div.36way.net/ad138/nitsubonome/nokogirian/lib/20220707_noko_bangai.pdf

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[1381] 知覚できないもの  aoki@dwks  - 2023/12/07(木) 12:25:51 -

『 知覚できないものを 知覚できないものとして 受け留める術はあるのか? 』 what you can not recognize as something unrecognizable Is there a way to accept it?

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[1382] 縁起装置  aoki@dwks  - 2023/12/09(土) 12:47:49 -

Re:https://div.36way.net/bbs/brd.cgi?cmd=one;no=1378;id=ad138 > 「迷い人」が不意に遭遇した対象物によって「縁起」が発生し、自身の行き先が変わる。 縁起装置が作動すると、心身ともに「ブッ飛ぶ」感覚を覚える。自身の行き先が変わってしまうのだから。 ノコやんは「縁起」ということばを持ち出すことが多い。自身の実体験を記していくなかでも、遭遇する場面に「縁起」を感じているようだ。そして「からっぽ」(ウツホ)がレイヤーされていく。 「縁起」が発生するには「からっぽ」の“場”が必要なのだろう。「からっぽ」はいつでも「縁起」が発生できるように準備万端という状態で満たされた“場”でもあるのだろう。そこにノイズが流れていると「縁起」は発生しない。 「自身の行き先が変わる」という表現にも、外部からの得体の知れない大きな力によって「自身が変えられる」というニュアンスではなく、自らが内側から気づいていく。という経路を示しているように見える。 衝撃は大きいが、どこか自身と重なるフィット感のような静かな快感を覚えるのではないだろうか。その後に展開される「自身との対話」には、これまでとは違った風景が見えてくるのだろう。 “ノコギリヤネのある風景”は、それぞれが自身の中に広がる風景なのかもしれない。そんな風景を持ち寄ってのダイアローグ。そこに、ノコやんは可能性を見出してるような気がする。 それにはまず、みんなが「自身の“縁起”の風景」を描かなくちゃね。

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[1384] 概念としての“からっぽ”  aoki@dwks  - 2023/12/10(日) 23:52:55 -

Re:https://div.36way.net/bbs/brd.cgi?cmd=one;no=1381;id=ad138 > 知覚できないものを > 知覚できないものとして > 受け留める術はあるのか? ノコやんは「ノコのある風景」の中でも「からっぽ」「ウツホ」ということばを多用しています。このふたつのことばは同義と受け留めていいでしょう。 2017年11月3日 ここで、ノコやんは「ウツホモノガタリ」という座談会(のこ座)を主催しています。 第十四回「のこ座」 『ウツホモノガタリ・ノコギリヤネ  https://div.36way.net/ad138/nitsubonome/nokogirian/lib/nokoza14_report.pdf 「ノコのある風景」がはじまったのが2019年12月30日ですから、ノコやんの「ウツホ」「からっぽ」は、それ以前から温められていたイメージなのでしょう。 「ノコのある風景」の中でも重要なキーワードになっています。 さて、ノコやんの示す「からっぽ」「ウツホ」は、いったいどんなものなのでしょうか?南方熊楠の「萃点」のイメージが根底にあるようですね。 あなたには感知できますか? ノコギリヤネの「からっぽ」が。

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Re:https://div.36way.net/bbs/brd.cgi?cmd=one;no=1384;id=ad138 > 「ノコのある風景」の中でも重要なキーワードになっています。 ・オワリの大きな“からっぽ”・一宮 (断章“ノコギリヤネのある風景 ”その5) https://div.36way.net/ad138/nitsubonome/nokogirian/lib/20200923_noko-fukei-5.pdf 2020.9.22 1.“からっぽ”になった一宮 2.“からっぽ”から生まれた「ガチャ万」 3.“からっぽ”、ウツホ、ゼロ・・・それは始まりのチカラ 4.「一宮という虚構」あるいは「オワリのからっぽ物語」 ※この章から「マスミダカラス」(対話)が登場しています。 以下、マスミダカラスの台詞から抜粋... ・神社なんて、“からっぽ”の器さ。何もないところに、人々の思いが籠り、それが大きな力を溜め込む。...“からっぽ”は使い方次第だ。そこから生まれる力は大きい。 ・それは、何もないのではなく、何ものにもなる始まりのカタチだ。だから、モノ、人が集まる。 そして... 『 この“大きなからっぽ”がガチャ万を生む契機となり、そのガチャ万に呪縛された象徴であるノコギリヤネは無数の“小さなからっぽ”として、この地域を変えていくかもしれないという期待 』 と結んでいる。 「からっぽ」は、マスミダカラスの“俯瞰の眼”によって映し出された。人間の視点からでは見えないものなのかもしれない。地べたにへばりつく二次元な視界からは見る(感知する)ことはできず、「高さ」を持った三次元な視界を得てはじめて見えてくるもの。その「高さ」という次元は、想像力で補えるものなのかもしれない。ノコやんが「マスミダカラス」を登場させたように。 「からっぽ」は、すべての人に見える(感知できる)ものではない。 「からっぽ」が見えた(感知した)人でも、その見え方は様々である。 「からっぽ」には、自身(の裡)が投影される。 「からっぽ」は、自身が表現者となる「入口」でもある。 そこで発するあなたのことば(表現)を点検してみてください。

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Re:https://div.36way.net/bbs/brd.cgi?cmd=one;no=1385;id=ad138 > そこで発するあなたのことば(表現)を点検してみてください。 「のこぎり二」で開かれた二つの祝祭(番外編) https://div.36way.net/ad138/nitsubonome/nokogirian/lib/20220921_noko_bangai.pdf 2022.9.21 この章は、「のこぎりニ」という「ノコギリヤネ」の「からっぽ」の中で展開された二人のアート・パフォーマンスの記録です。 ノコやんはマスミダカラスに代弁させるように記しています。 ---全文転記--- ●0903「のこぎり二」のオニから聞いた話 @ サウンドインスタレーション:北條知子 オレは「のこぎり二」に棲むオニである。オレに見えるものが人間には見えないことがあるようだ。その日、「のこぎり二」で起きたこと、オレが見たことを教えてやろう。 そのアーティストが持ち込んだモノは、釣鐘のような形状をしており、言葉が書かれた短冊で網目状に構成されていた。短冊に書かれた言葉に「いのち」が宿ったのだろうか。それは、制作者の意図を超えて、進化していったのかもしれない。この「のこぎり二」の中で。 釣鐘の中から縄文琴の音が響く。この地域がまだ海であった時代を思い起こさせる。古代から人間は織物を紡いできた。その多くは女性の手によるものだった。ある時は、織姫ともてはやされた。オレはずっと見てきた。言葉と現実の間に存在するものを。 「ウツホ(空洞)」の中で、琴の音が風を起こし、釣鐘を解きほぐしてゆく。そして、言葉が宙にさまよい始めた。暑さの中で汗が滲み出し、言葉が身体にまとわりつく。やがて言葉は体内に浸透し、血液とともに身体全体を巡り始める。そして、ウチから湧き上がるものがある。 「ガチャマンの呪縛」という言葉が聞こえた。いまだに、一時の繁栄の中に多くのものが仕舞い込まれている。生きていく上で大切な何かを。そろそろ、土地も人もその呪縛から解放される頃だろう。オレが見たのはその可能性だ。ウチから音を発するということによって、ウチから開いていくということ。この「ウツホ/からっぽ」から発する音によって。 ●0903「のこぎり二」のオニから聞いた話 A サウンドパフォーマンス:恩田晃 「のこぎり二」に一人の祭司が召喚された。西洋のベルを携えて。それは、「広場」から始まった。広場では、多くの出会い、別れがあり、旅立ちがある。彼はソトに出た。一行が続く。ソトは闇だ。オレは閃光と雷鳴で迎えた。やがて周りが見えてくる。ウチでは見えないもの、聞いたことがないものと出会う。そして時が過ぎ、ウチに帰る。今度は工房エリアを巡行する。 小さなコミュニティの中を歩いていく。ベルの音に大地は目覚め、初めて訪れた者も、身体から大地の記憶を受け取る。やがて、例の釣鐘の前で立ち止まる。その前に小さなベルが並べられていく。その数は奇しくも 13。そこで、コミュニティが祝福される。 そして、おもむろに二つのベルとともに、彼は「境界」を超えて行った。そこは、大きな力を鼓舞する祝祭の場。しかし、彼はひるむことはない。こちらとそちらに違いはない。そうだ、ここは「のこぎり二」だ。だが、彼に続く者はいない。そこに「境界」を見てしまったのかもしれない。しかし、境界に踏み込むことで、開くことができるのかもしれない。例えば、呪縛を解くために。 時間が流れ、再び、広場に戻ってきた。「ウツホ/からっぽ」の伽藍に響き渡るベルの音に、記憶が再び呼び覚まされる。祝祭は終わり、また日常が始まるのだ。「のこぎり二」の新たな日常が。これが、オレの見たことだ。さて、オマエには、何が見えた? ---- そして、 > 機織り唄の釣鐘と西洋のベル。それは「ウツホ」から音を発するもの。ソトからの力ではなく、ウチから生まれる日常の力。新たな開き方の可能性を見たように思う。 と結んでいる。 「ソトからの力ではなく、ウチから生まれる日常の力」。 「からっぽ」の中での「からっぽ」から繰り広げられたアート。 ・アートのチカラ ・表現することの力 ノコやんもまた、表現者のひとりである。 表現者が表現者に呼応する「時」、 受容は“自由”だ。 表現の“場”が日常(まち)の中にあること。 そこにウチから生まれる可能性がある。

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[1387] 8.5 真夏の夜の“キョウエン”(番外編)  aoki@dwks  - 2023/12/13(水) 09:34:15 -

Re:https://div.36way.net/bbs/brd.cgi?cmd=one;no=1386;id=ad138 > 「からっぽ」の中での「からっぽ」から繰り広げられたアート。 8.5 真夏の夜の“キョウエン”(番外編) https://div.36way.net/ad138/nitsubonome/nokogirian/lib/20230823_noko-fukei-15_bangai.pdf 2023.8.23 1. “からっぽ”の中の“からっぽ” > この展示空間の大きさは、100u程であるが、大きな“からっぽ”である。創造力の原泉である一方、ここで展示をする者は、この空間に対峙する覚悟が要求される。さて、今夜のアーティストは、ここにどのような「場」を創るのだろう。 > 上から見ていて気づいたことがある。移動の軌跡だ。それは、ほぼ円弧を描いていた。中央には踏み込まない。まるで、真ん中に“からっぽ”を造り、それと対話するかのように。お前たちの視線は、一挙手一投足を追っかける。手で指し示す先を見る。顔を上げれば、その先を追う。そうして、時間を掛けながら、お前たちは、この“からっぽ”の器そのものを隅から隅までを眺めることになった。モノローグ(独演)のように見えるその動きは、のこぎり二との共演から生まれたものに違いない。 > アーティストは、見えないものを見せてくれる。マレビトも同じだ。身近にありながら見ていなかったのこぎり二の“からっぽ”をあらためて気づかせてくれたという訳か。 この紙面に添えられた“舞”の写真(図)。ノコやんの力作(ブリコラージュ)です。傑作です。時間と空間を切り貼りして「からっぽ」を描いている。右奥の白い漆喰の壁には、南方熊楠の萃点の図が象徴的に嵌めこまれている。 「からっぽ」に魅せられ(見)た者だけに描ける“図”なのかもしれない(見えないもの“エネルギー”を見せてくれる)。それが個々の行き先を変えてしまう。ノコやんが自身の裡なる“図”を具現化したように。そこには自身との「対話」があったはず。 互いの“自身との「対話」”同士が絡み合うのが「萃点」という“場”なのかもしれない。時間と空間が凝縮された“場”。それが現実に起こり得ているという“縁起”。わたしたちはそんな日常の中で暮らしている。 > それは、単なる調和、融合ではなく、自立した主体が輻輳するポリフォニーである。 > パフォーマンス終了後のアーティストを交えた“饗宴”。地産のスイカをいただいた。アートの地産地消。そんなフレーズが浮かんだ。いや、地産地生だろうか。独自の地域のリサーチから始まるアートが地域を再生する。 ・アート鑑賞を軸にした対話から育むもの ※ノコやんの「ブリコラージュ」という手法。 ノコやんの手元には膨大な写真資料(図)が保管されているのだろう。写真は時間と空間を切り取った絵(図)でもある。それらを任意に再構築して見えてくるものが「ブリコラージュ」。思考もまたしかり。 私たちの経験や記憶、想像や創造もまた、自身の中で「ブリコラージュ」された“今”があるのかもしれない。 添付画像【1387_2023-12-13.JPG : 270.1KB】

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[1388] 「ノコギリヤネ 100 年マップ」  aoki@dwks  - 2023/12/13(水) 12:29:18 -

Re:https://div.36way.net/bbs/brd.cgi?cmd=one;no=1387;id=ad138 > ・アート鑑賞を軸にした対話から育むもの 「ノコギリヤネ100年マップ」は、ノコギリアン文庫フェア2021(2021年5月23日-7月25日)にて発表された作品です。 https://div.36way.net/ad138/nitsubonome/nokogirian/_ex/Fair2021/ この会期中に、「Symposium“ノコギリヤネのある風景”から見えてきたこと」(2021年6月27日)が開催されました。 https://div.36way.net/ad138/nitsubonome/nokogirian/_ex/Fair2021/symposium-2021_1.htm この展開記録は以下に収録されています。 https://div.36way.net/bbs/brd.cgi?cmd=ntr;tree=1111;id=ad138 そして、ノコやんは以下の「開催後記」を残しています。 ● 6・27 シンポジウム「ノコギリヤネのある風景から見えてきたこと」開催後記(2021.7.7) https://div.36way.net/ad138/nitsubonome/nokogirian/_ex/Fair2021/lib/20210707-kouki.pdf > そもそもシンポジウムで伝えたかったことは何か。それは、ノコギリヤネを個人の内面を反映した「風景」としてとらえること、その先に「コウバのあるまち」がイメージできそうなこと、それを説明する手段として「ノコギリヤネ 100 年マップ」を作成したことでした。「コウバ」とは、「公場」であり、公は「ム(私)を八(開)く」と書けます。そして、私自身が「のこぎり二」に出会い、行き先が変わってしまうほどのエネルギーを得る“萃点(すいてん)”を実感したように、それは市内に残るノコギリヤネが持っている可能性であり、その中からいくつかのノコギリヤネが「コウバ」として開かれ、「まち」が元気になることを期待するものです。 漠然と、ですが。ノコやんの信条(心情)が「ノコギリヤネ 100 年マップ」という作品に込められています。会期中、この作品を前に、おもしろい鑑賞シーンがありました。 ・[1154] 20210617:本日の観覧者(談話)- 2021/06/17(木) - https://div.36way.net/bbs/brd.cgi?cmd=one;no=1154;id=ad138 > 「鏡のように見えます」 > え?カガミ...ですか?どこがカガミなんでしょう? > .... > (※添付画像参照) この鑑賞者もまた、展示作品との対峙の中で「特異点」を見つけ出してしまったのではないでしょうか。立ち会いの中で、とても素直な感想が心に響いたことを覚えています。そしてその不思議さを興奮の中で一緒に楽しんでいました。なるほどな、と。 作品「ノコギリヤネ 100 年マップ」の見せ方として、「時間」と「空間」という概念を如何に受け留めてもらえるか?という課題と狙いがありました。そのために作られた「覗き穴」(鑑賞点)。それもまた「からっぽ」だった、ということでしょうか。 現実でありながら現実を超えた不思議なものを想像してしまう。それは“その場”に臨場してこそ得られる感覚。それが、アートのチカラ、作品の力。ノコやんは「可能性への期待」を手探りしていたが、自身の「番外編」(http://div.36way.net/bbs/brd.cgi?cmd=one;no=1379;id=ad138)を追っていく中で、「アート(表現)の可能性」を具体的に見い出していく。「ノコギリヤネ 100 年マップ」がアート作品であると同時に、ライフワークにもなっている「Artbook」の制作もまた表現物である。 https://div.36way.net/ad138/nitsubonome/nokogirian/nokoyane_artbook.htm これらとの「対話の機会」を日常的に「置く」ことが、「ノコギリアン」の活動スタイルなのだろう。「ノコギリアン」の「扉」は、いつでも開いています。 添付画像【1388_2023-12-13-11.JPG : 186.4KB】

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