真夜中の公園は相変わらずベンチが点滅している。いくつかの灯りが消え、いくつかの灯りが点く。ベンチに座る人、ベンチを立ち去る人。そんな光景が遠く彼方にまで繰り広げられています。わたしのベンチもまた、彼方からは点滅するベンチのひとつとして映るのでしょう。
乳母車を引く、老婆。
闇の中から現れた。
ゴロゴロと近づいて来る。
こんな夜中に老婆が散歩?
ゴロゴロと音もなく近づいて来る。
老婆はわたしの前で乳母車を止めた。
「もし。気を分けてはくださらんか。」
やぶからぼうだった。
「気を集めておってのぉ。あんたの気を分けてはくださらんか。」
奇妙ではあるが、危害はなさそうだ。
「気?....ですか?」
「そうじゃ。あんたの気じゃよ。」
「分ける....と言っても、わたしにはどうしたものかわかりません。」
「この袋に気を吐くだけじゃ。」
「気?を?....ですか?」
「息を吐くだけじゃよ。それで気が取れる。」
「へ?....気とはそういうものなんですか?」
「わしは、そうやって集めておる。」
老婆はわたしに気袋を差し出した。
なんの仕掛けも無い透明なビニール袋だった。
「わかりました。やってみます。」
わたしは気袋の中へ息を吹き込んだ。
老婆はひょいひょいと気袋の口を輪ゴムで塞いだ。素早い一瞬の動作だった。
「ありがとさんね。」
そう言って、老婆は気袋を乳母車の中に入れた。
「達者でな。」
そう言うと、老婆はゴロゴロと乳母車を押しながら闇の中へと消えて行った。
わたしの、気。
気を集めてどうするのだろう?
聞き忘れた。
わたしは両手で窪みを作って、気を吐いてみた。
掌がかすかに温かい。
これを集めているのか....。
わたしもサンプルのひとつ、ということか。
あのばぁさん、いつから集めているんだろう....。